中央競馬会に移ってから、クラッシック三冠に登録していなかったオグリは格上の馬との戦いをしいられる。詩人の寺山修司は「三冠への道を開くために追加登録を認めるべきだ」と抗議したが認められなかったという。
それでも連勝を重ねた。
1988年有馬記念、1989年天皇賞、マイルカップ、1990年安田記念とG1を次々と制覇
騎手が言った「オグリキャップは地を這う風のようだ」と。
あまりの強さにいつしか人は彼を『葦毛の怪物』と呼んでいた。

しかし’90後半になると突然オグリキャップを不調が襲う。骨膜炎に苦しんで宝塚記念2着、天皇賞6着、ジャパンカップ11着と大敗を続けた、走り続けても勝つ事は無かった。
「もうオグリは終わった」と限界説が囁かれ始めた。
ついにオグリ陣営もその年の日本一を決める有馬記念を引退レースに決めた。